
黎智英の自由
香港紙「蘋果日報」(アップル・デイリー)創業者の黎智英(れいちえい)さんに拘禁刑20年。
産経新聞に黎さんを取材をしている藤本欣也さんの論考が掲載されていました。
カトリックの洗礼を受けた経緯と2020年8月、初めて逮捕された夜に「このままずっと外に出られないのではないか」
不安が募るものの「自分は(人生をやり直したとしても)きっと同じ道を歩く」
そう確信できたときに落ち着きを取り戻せたのだと。
「これは自分の運命であり、神からの賜りものだ。受け入れよう」
そして、ナチスに抵抗した牧師であるボンヘッファーの著作を読んで勇気を奮い立たせた。
2025年の藤本さん宛てのクリスマスカードには「主が、私に新しき人生を与えてくださったことに心から感謝します。
その人生は、以前は見えなかった真の平安、喜び、意義に満ちています」
結びには「見えるようになった今、私は自由です」
このような自由への闘争が積み重なって今日の自由がある。加えて、カトリックの仲間をはじめ黎さんを支える多くの人たちが控える。
そして、自由を守る高市首相を後押しするのは、私たち日本国民のあり方です。
2026月2月12日
流通の無言化
最近ユニクロをはじめとした小売店では、セルフ決済のみとなっています。
そんな時に、官僚でもあった堺屋太一さんが「流通の無言化」と表現していたことを知りました。
これが戦後の歴代内閣の基本方針の一つだったとのこと。
高度成長時代の官僚たちは、モノの生産に対して消費が追いつかない原因を考えた。
それは、小売店舗などで、お客さんと売り手が余計なおしゃべりに時間を浪費し、生産性を低いものにしているからだと。
これを批判していた先崎彰容教授は、その著書「知性の復権」で警察官であった作詞家阿久悠さんの父親の生き方を提示します。
「他者の視線を意識した『使命と倫理』こそが、一人の人間を人間たらしてめている。
使命とは、警官が求められる役割をこなすことであり、定義の枠外にでるのではなく、矜持をもって職責を果たすことです。」
生産性が優先される小売の現場にいる私には、この言葉が響いてきました。
警察官だけではなく、商人こそ、この使命と倫理を回復すべきではないのか。
昔の商店街にあった豊饒なおしゃべりを手掛かりに、復権すべき人間らしさを考えてみたいです。
2026月1月27日
裁判官の同級生
裁判官となった高校時代の同級生の活躍ぶりを小耳にはさんでいましたが、
最近は新聞紙上で拝見することに及んでいます。
数年前に東京大学前で受験生ら3人を包丁で刺した当時高校2年生の事件を担当していました。
私たちの高校時代とも重なりますが、学歴や偏差値の優劣で価値を判断しやすい風潮が背景にありました。
しかし、「人命軽視の姿勢は甚だしい。」保護処分ではなく懲役刑を言い渡します。
その上で「他人の命やあなた自身の命を大切にし、人生の希望を見つけて社会復帰してほしい。
裁判員、補充裁判員、全員からの気持ちです。」その言葉と裁判員制度に希望が見えました。
今回は、東京五輪の汚職事件の判決で、大物と呼ばれる被告に対して、有罪判決を言い渡していました。
賛否はおいて、司法の独立は守られていると思いました。
そして、2009年に始まった裁判員制度の定着にご尽力されていることが伝わって参りました。
それでも、最終的に決断する者の孤独や苦悩は深いと想像します。
しかし、それがあるからこそ希望は生まれる。
私も彼にならって、この世代の責任を微笑んで果たして参りたいです。
2026月1月24日
神戸のお父さん
弟の義理のお父さんが逝去されました。
お父さんたちは神戸の震災を経験されていて、また弟が婚約していた時に農作業で片腕を失う事故に見舞われました。
その事故の後に、結婚の挨拶で豊橋にご夫妻で来て下さいました。
伊良湖のホテルまで自動車でご一緒させて頂きましたが、明るくて前向きなご様子に安堵いたしました。
その後も、仕事だけではなく、お料理はじめ家事を率先されて行っていた。
そのお姿は、震災で傷ついた神戸の街と重なりました。
ちょうど三十一年目を迎えようとしていますが、「しあわせ運べるように」震災後に生まれた神戸市歌が心に響いて参りました。
「地震にも負けない」ことが、片腕を失っても負けないことにも通じます。
それは人生に起こる困難に負けずに明るく前を向くことを教えていたのだと気がつきました。
逝ってしまったお正月の優しい光は、孫たちに注いでいた優しい眼差し。
そんな孫たちの成長を見届けたタイミングであったのですが、
孫たちも「亡くなった方々の分も毎日を大切に生きてゆこう」と思いを新たにしたのだと思います。
そこに、しあわせ運ぶ未来を感じました。
2026月1月8日
視覚障害の女性と駅員
正月二日目の昼下がり。海岸近くのJR蒲郡駅ホームで電車を待っている時でした。
視覚障害の女性が駅員にエスコートされて一番後ろの車両が止まるところまで歩いて行かれました。
お二人は会話をされている様子はなく、直立したまま黙っていました。
女性は、杖を片手にお洒落なコートを着ていました。
駅員は、無心で任務を果たされている様子でした。
寒風が吹きすさぶ中で二人立つ姿に、とても大きな存在感を感じました。
その存在感はどこから来るのか。
それは、厳しい現実を前にしても、前を向いている姿に重なったのか。
その視覚障害を通じて、どんな過去があったのか。さまざま自分勝手に想像したからでしょうか。
その想像とともに、女性の背後にいるご家族の愛情が伝わってくるのです。
また、その一人を守ろうとする駅員のあり方にも、人として大切な何かを感じることができました。
同じく厳しい現実がある新年だとしても、前を向くようにとのエールに響いてきます。
それは新年の道標でした。助けを必要としている誰かに手を差しのばす新年でありますように。
また、あのお二人に幸多かれや。
2026月1月5日





































































