料理道具専門店 フライパン倶楽部

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商人日記byフライパン倶楽部代表

人生とは、いかに生きるべきかを問いながら、自分とは何かを探す旅のようです。 お料理道具を売る現場で、地域との関わりの中で、家庭生活で、湧き上がった言葉を丹念に紡いでみた、明日への旅日記です。

校区の納涼祭が、まちなか広場で行われました。 子供たちも加わって、宵から盆踊りが実施されました。 その時に流れたのが「マツケンのええじゃないか」 マツケンこと地元出身の松平健さんのキャラクターを生かしつつ、 この街で幕末に起こった民衆運動の現代版でもあります。 「ええじゃないか」のフレーズが何度も繰り返されて、見よう見まねで踊りながら、 先人たちも、その時その時に、人生のさまざまな問題に直面していたことが身に沁みてきました。 その重い現実に飲み込まれないように、楽しく前向きに進んでいこうとする意志を感じました。 すると、以前私の店の隣に、商店街組合の事務所があり、組合長であった私の父親から依頼されて世話役をされていた 河原さんのことが思い出されました。河原さんは和菓子職人であり傷痍軍人でもありました。 退職後に組合の仕事をしてくれていました。いつも明るく爽やかな方でした。 亡くなる少し前には、雨が降る中で、手土産をもって父親のもとに来ました。 「お世話になりました。」その後すぐに逝ってしまった。そんな律儀な生き様が、私の中で立ち上りました。 2022年7月23日



読売新聞の人生案内で「夫の言葉に傷つき別居」回答者の大日向雅美さんの言葉が心に響きました。 60代の女性が数年前に夫から「俺は誰も信じていない。お前のことも結婚当初から信じたことはなかった」 早く消えてなくなりたいと嘆く相談者に対して、 その夫の思いに今まで一度も気づかなかったのかと問い「そもそも言葉は必ずしも真実を伝えるとは限りません。 『言葉が人間に与えられたのは、考えていることを隠すためである』という名言もあります。 あなたが夫を信じられるか否かは、彼が放った一言ではなく、夫婦として連れ添ってきた時間の中での行動を 思い返してから、判断してはいかがでしょうか。」 愛しているとは、瞬間的なことではなく、時間を経てこそ確認できるものかもしれません。 逆に、一時感情が高まって甘い言葉を発したとしても、それが真実とは限りません。 男性は激高しやすく感情に飲まれやすい。この夫君も、自分の言葉に深く傷ついて、混乱しているのかもしれません。 言葉に責任はもつべきですが、時に、そのままを受け止めずに、大目に見た方が真実は見えてくるように思います。 2022年7月17日



デザインマネジメントの世界で活躍する欧米人の方が、宮沢賢治の童話にヒントを見出していたと伺いました。 そんな折に、地元レモン農家の河合浩樹さんたちが、農民藝術創造倶楽部を立ち上げて、 近くのエムキャンパスで屋上農園など新たな取組をされていました。 その名前の由来が、宮沢賢治の「農民芸術概論綱要」という宣言文。 賢治がこの世界に残してくれたものは、巨万の富にもまさるもののようです。それは何であるのか。 その作風がよく似ている宮崎駿監督も賢治を慕っていたようです。 「千と千尋の神隠し」の主題歌である「いつも何度でも」では 「さよならのときの 静かな胸 ゼロになるからだが 耳をすませる 生きている不思議 死んでいく不思議 花も風も街も みんなおなじ」 この不思議に、賢治の世界が重なります。「自分とはいったい何であるのか。」 この世界こそ、賢治の世界ではないのか。そして、「永久の未完成これ完成である」 どこまでも答えはなく、それを求めていくことの価値を教えてくれます。 人間みんな同じ問題を抱えていることへの安堵とともに、自尊のもとに輝く生命がありました。 2022年7月1日



豊岡中学校で出張授業をして参りました。タイトルは「独立自尊とは何か」仕事のベースあるいは哲学の部分を 中学生と一緒に考えてみました。すると、中学生たちから本質をついた質問が出て、 私の中にあったものを言語化してくれました。 「どんなフライパンを売りたいですか?」 「これというフライパンではなく、その人にとって相応しいフライパンを売りたいです。」 「仕事の時に心掛けていることは何ですか?」 「思いやりです。従業員と取引先が喜び、顧客が喜び、社会全体も喜ぶ。みんなが喜ぶ仕事を目指しています。」 そんなやりとりを通じて、仕事とは、幸せを後押しすることであり、幸せになることの主体ではない。 あくまで幸せは、自分で求めて自分でつかむことが前提にある。 その時、仕事人とは、顧客と同じ方向(幸せ)を目指して、寄り添いながらサポートしていくこと。 また、その方向あるいはビジョンを具体的に示していくこと。 当社であれば、お料理作りを通じて、自立した人、明るい家庭、美しい街を作っていくこと。 私の中で、漠然としていたものが、生徒たちによって、明確になって参りました。 2022年6月16日



NHKみんなのうたで「ててて!とまって!」 という交通安全の歌を視聴して、非常な違和感を感じました。 本来、法令上自動車は横断歩道で止まるのは当たり前ですが、 止まれば歩行者から大きな感謝をされるまでのありがたいことになっている。 そもそも、自動車が公道を占拠して、歩行者が追いやられてきました。 その犠牲者が、自動車には乗れない子供たちでした。外で遊ぶところも制約されてきました。 歩道橋なるものは、その最たるもので、あそこまで上り下りを繰り返して渡らなければならない。 これは経済を優先する大人たちの都合に過ぎません。 すると、米軍の核の傘のもとにあり、米軍に「サンキュー!」と頭をさげている国民のあり方とも重なります。 私たちは、ちゃんと交通安全たる憲法9条を順守していますと喜ぶべきなのでしょうか。 そんな折、拉致被害者の会の横田拓也さんがバイデン大統領と面会して 「この問題を解決する当事者は誰かと言われれば、言うまでもなく日本政府。」 子供たちには、従順さだけではなく、世の中の矛盾に気づいて、横田さんのように堂々と発言する大人になってもらいたいです。 2022年5月24日



中日新聞の東三河版の記事「故川澄哲夫さん田原でしのぶ」を母親から手渡されました。 川澄先生が主宰する英語塾があり、中学校時代に数年通わせて頂きました。 母親も先生から英語の手ほどきを受けており親子2代でお世話になりました。 今年1月に逝去されたことを知り、謹んでお悔やみ申し上げます。 当時先生から、三浦按針ことウィリアム・アダムスのことを教えて頂きました。 日本英学史を研究されていて、ジョン万次郎に関しては、「私は万次郎よりも、万次郎のことを知っているよ。」 2013年に、先生の講演会があり、30年ぶりにお話を伺うと、私の目をじっと見てお話をされるのです。 それは、中学校時代と変わりませんでした。その時も、オランダ語の原書と訳文を比較して、 渡辺崋山がどのように理解していたのか。訳文だけではなく、原書にあたることを求めていました。 そして、当時の人たちが「リバティー」(自由)を正しく理解できていたのか。 晩年の先生の関心は、福沢諭吉と渡辺崋山にあったようです。 先生は英語の教師というよりは、私にとっては自由を教える教師でした。先生ありがとうございました。 2022年5月17日



家内の里帰りに同行して北海道へ行って参りました。 驚いたことは、飛行機代もホテル宿泊代も低料金、いわゆる格安。 コロナ禍の観光客減が拍車をかけている印象を受けました。 ちょうど知床観光船の遭難事故があった時でしたが、商売人に重い課題を突き付けているようです。 安全第一は当然とされますが、それを確保するには必ず大きなコストがかかります。 今回の事態でも、運航会社に責任があるのは当然ですが、今日の格安を是とする社会風潮も見直すべきでしょう。 単に価格だけを求める消費者に対して、商売人はしっかりと説明をしなければなりません。 手軽に旅行できることは良いのですが、命に直結する飛行機搭乗等は、格安で良いのかと問われるべきでしょう。 ますます物価が高騰する昨今、商売人はしっかりと向き合い、きちんと対価を頂きながら事業を続けていく必要があります。 その点で、行き過ぎた価格競争には警戒しなければなりません。 そのためにも、業界団体および行政とも連携をしながら消費者の理解を求めていく。 この連休も悲惨な事故を起こさないために、商売人は決断と行動をする時です。 2022年4月29日



旧約聖書のコレヘトの言葉を読み直していると「天の下には何事にも定まった時がある。」 その時とは、何であろうか。哲学者が探求してきた奥深いものでありますが、それは刹那あるいは一瞬ではなく、 時間を積み重ねること、結実・熟成といった意味合いを含むことと理解できます。 そんな時、テレビで井伊直弼(なおすけ)の生涯を紹介していました。 彦根藩主の14男として生まれた直弼は養子先もなく、城外の埋木舎(うもれぎのや)と名付けた屋敷で、 17歳から32歳までの15年間を送る。 埋木とは、地中に埋まり外から見えない樹木のことであり、世間から捨てられて顧みられない身の上のこと。 それでも直弼は腐ることなく、ここで文武の修練に精進する。 すると時が来て、藩主に抜擢、大老にまで上り詰め、幕末の開国という大きな問題にまで対処する。 商売をしていても、埋木と感じる時がしばしあります。 しかし、直弼のように真摯に向き合うと道が開けてくる。 時とは、待つこと、望むことを人から引き出してくれるものかもしれません。 そして、それができるのは、個人の力量というよりも仲間からの激励だと思います。 2022年4月19日



朝日新聞のオピニオン欄で「無料を選ぶ私たち」と題して、祇園藤村屋店主の一浦靖博さんがご自身のお店のホームページに アップしているそうです。「送料無料はありまへん」いわく「送料込みや送料当店負担なら、まだ分かります。でも、だれかが 配達しているんだから、送料が無料なわけないじゃないですか。」そして、「送料に限らず、今人の働きにお金を払わなくて なっていると感じます。」「買う時には必ず、売る人、運ぶ人といった人がいるのに、 ネット通販で見えなくなってしまったからでしょうか。」先日も、運送業の先輩社長が、ぼやいていました。 「今の時代、労働への対価が適正に払われていない。」ちょうど原材料が高騰していますが、 本来はきちんと値上げをしなければ、働く人たちにしわ寄せが行きます。 ところが、それを競争の舞台にのせてしまう。その結果、ますます利益は先細る。 この競争の名のもとに、消費者利益のみに偏重して、今の日本経済は疲弊してしまった。 まずは、従業員たちが適正な報酬を得られる社会を目指していくべきでしょう。 当店も今一度考え直してみたいです。 2022年4月9日



NHK「こころの時代」という番組で、大学時代の多分同級生であった若松英輔さんが、 ご自分の伴侶を亡くされた悲しみとともに、旧約聖書のコヘレトの言葉を紹介していました。 タイトルは、それでも種をまく。明日何があろうとも、今を徹底して生きよと。 かたや、YouTube「仏教に学ぶ幸福論」チャンネルでは、高校時代の同級生である 菊谷隆太さんが「桜ソングにみる仏教」と題して語っている姿をお見受けしました。 当時は本人も語っていたのですが、人とは会いたくない真っ只中にあり、その時の悩める彼しか知らないため、 はつらつと仏教を語る姿には驚きました。しかも、分かりやすいワードチョイス。チャンネル登録者が18万人には納得。 そこでは、桜より諸行無常を教えていたのですが、それは、旧約聖書のコヘレトの言葉とも通じていました。 親鸞聖人が出家を求めた時の歌「明日ありと思う心の仇桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」 桜と同じように、はかない人間であればこそ、明日ではなく今、出家得度を求めたと。 同級生のお二人が今を真摯に生きている姿に、私もまた、今を精一杯に生きたいと励まされました。 2022年4月1日



豊橋で介護通所施設「宅老所たんぽぽ」を運営されていた大須賀美恵さんがお亡くなりになりました。 大須賀さんとお会いした当時は、ご主人と義母さんのお二方の介護に取り組まれていた真っ只中でした。 そして、お二人を見送り介護保険が始まった75歳の時に、新しい事業を立ち上げます。 多くの皆さんを巻き込んで、ご自分の経験を生かして、ご自分と同じように介護で苦労している人たちを支援します。 私の祖母も晩年に通所してお世話になりました。大須賀さんは、その昔、祖母が運営する料理教室に通っていました。 そして、祖母がよく私をおぶっていたことをお話してくれました。 「高津君、高津君」と孫のようにかわいがって頂いて、私の前では、心の内をぽろりと出してくれました。 「はあ〜」と深く溜息をするのですが、その顔はいつも笑っているのです。 それは、たんぽぽの花のように、踏まれても踏まれても、また何事もなかったかのように起き上がる。 そして、周りの皆さんが大須賀さんを支えていた。 自分とは何者か。自分は何をなすべきなのか。たんぽぽで開花した大須賀さんにならいたいです。 2022年3月17日



アントニオ猪木さんが、闘病されているドキュメンタリーに涙しました。 モハメッドアリ選手との武道館での一戦は、私も当時テレビに釘付けでした。 その猪木さんが、病気と格闘している姿は、ショックでもありました。 思うようにならないご自身の身体に、真摯に向き合っていました。 あくまでカメラの前では、冗談を交えながらも、燃える闘魂たるアントニオ猪木なのです。 病身でも健気にアントニオ猪木を演じる猪木寛至さんに、プロレスラーとしての矜持を感じました。 そこにまた、違った視点での猪木さんの強さが表われていました。 そこで、猪木さんは、プロレスを通じて、人生への向き合い方を教えてくれていたのだと悟りました。 当時、その敵がタイガージェットシン、スタンハンセン、ハルクホーガンであろうと立ち向かっていった。 番組の最後で、闘病している猪木さんが映し出されて、あのテーマ曲が流れたのです。 もちろん、猪木(ボンバイエ)頑張れ!の気持ちはあるのですが、それはファンの我儘なのかもしれません。 もうメッセージは十分届いています。頑張らないで猪木寛至さんでいて下さい。 2022年3月4日



NHKのEテレ番組「Zの選択」に涙しました。1995年以降生まれをZ世代と呼び、 地元で働く理由のタイトルで、気仙沼で漁師になった若者のドキュメンタリーでした。 父親を尊敬して、中卒でその世界に入り、悩みながらも、ひたむきに生きている。 彼は、漁師という仕事に、また故郷の海という仕事場に憧れていました。 かたや、思うようにならない現実も素直に受け止めている。 印象的であったのが、自分が漁師になることを告げた時に、ご両親がため息をついたと。 しかも「深いため息だった。」寂しそうに、ぽつりと語っていたのです。 それを聞いた私も、深いため息が出てしまいました。 親の仕事を継承することがままならない現実に、親世代として申し訳なく思いました。 また、いわゆる、3Kと呼ばれる環境下での仕事は避けられていますが、 そんな環境で働いている人がいて、私たちの生活が支えられている。 そこに敢えて挑む若者こそ後押しするべきであり、そんな人たちが誇りをもって働く社会こそ健全だと思います。 「その選択、素晴らしいなあ〜」彼への敬意とともに、彼を抱きしめたくなりました。 2022年2月18日



豊橋まちなかスロータウン映画祭の20周年記念で俳優・役所広司さんのトークショーがありました。 司馬遼太郎の長編時代小説を映像化した「峠 最後のサムライ」が本邦初公開。 役所さんは、主演の長岡藩家老の河井継之助を演じていましたが、 映画「日本のいちばん長い日」で演じた阿南惟幾陸軍大臣と重なりました。 そこに覚悟するを思いました。徹底抗戦が叫ばれる陸軍内で敗戦処理の重い任務を全うします。 自決に及ぶ悲壮な状況の中でも、日常と変わらない態度である阿南惟幾を演じていました。 なぜ、あのように冷静でいられるのか。それは、役所さんの仕事である演じることに手がかりを感じました。 覚悟した人とは、客観的に自分を見つめて人生を俯瞰できる。 あるいは、もはや自分を諦めているから、その先の明日を見つめる自由を得ている。 かたや、演じるとは、自分の主観および感情に左右されない自由な境地に至れる。 そこに、能楽の舞のような静謐な覚悟が漂う。河井継之助曰く「カラスは光に向かって飛んでいく。」 この人生舞台で、高津由久を演じるために、自分を捨てて光を追求して参りたいです。 2022年1月31日



高校時代にお世話になった小笠原文武先生とは、35年以上も年賀状のやり取りが続いていました。 毎年、干支にちなんだ自作の版画。ところが、今年は、最後の年賀状と印刷されていました。 先生は、数学教師。図形とは。軌跡とは。それらを言葉で表現して暗唱させる。 証明問題は、結論から導いていく。ノートは整然と美しく書いていく。先生の指導スタイルは斬新でした。 そして、誕生日には「おい、高津、今日はおめでとう。」関わる全生徒に、この声掛けを通年実施。 また、先生は「おい、高津、生徒会立候補してみないか。」その言葉をきっかけに 前後期とも2期務めて生徒会にはまります。立会演説会では、真面目に演説したことを 見知らぬ先輩が朝日新聞に投稿。「おい、高津、曲者として載っていたぞ。」 卒業後も、豊橋商工会議所の機関誌で、私のことが記事になると 「おい、高津、嬉しかったぞ。」先生の最後の年賀状には「由久君には良い思い出ばかりです。」 私も先生には良い思い出ばかりです。 いよいよ困難な時代を前にして、先生の厳しくも真剣な眼差しは、あるべき態度や覚悟を教えてくれています。 2022年1月10日



新年明けましておめでとうございます。 お正月二日午後に、実店舗の火災報知器がなり、しばらくするとサイレンを響かせた消防車がやってきました。 店舗界隈は、物々しい雰囲気となりましたが、私もそこに居合わせたものの、幸い火災はありませんでした。 どうやら、火災報知器の誤作動であったようですが、年末年始の休みなく働く皆さんの貴き姿を垣間見ることができました。 ただ、この年始に駆けつけて下ったことに、何となく申し訳ない気持ちととともに、 改めて多くの皆さんの見守りがあることを覚えました。 平穏な日常は、多くの皆さんの尽力と犠牲があって守られている。 そんな皆さんのことを想うと、不思議と新しい年への不安が飛んでいくようです。 「あなたは、ひとりではない。」そんな無言のメッセージが聞こえて参ります。 消防士の皆さんは、寒風吹く中で2時間も原因究明にあたり 「またベルが鳴ったら出動しますね。」淡々とその場を去って行きました。 私も同じく、与えられた目の前の仕事に真摯に取り組んで行きたい。 お騒がせしたものの新しい年に挑む気構えを頂きました。 2022年1月4日