アルミの厚手ゆきひら鍋をお求めのお客様から、 「手打ちの打出しが希望です」と重ねてご要望をいただきました。 中尾アルミさんのものは、機械で打ち込みますが、職人が一つずつ打ち込んで行く鍋があるのです。 お客様いわく「使い勝手や料理の仕上がりの違いは分かりませんが、 人の手業が感じられるものに、とても惹かれるのです。」 そのお言葉に大変共感してしまいました。
まさしくお料理も「手業」であり、手作り料理という言葉もあります。 便利な機械があることによって、このような手打ちの道具が忘れられてしまっているようです。 販売している私の方も、お恥ずかしい話ですが、機械か手打ちかを今まで意識していませんでした。 いつしか、道具も機械で作るものが主流となり、手作りものが少なくなっている。 もしかしたら、この道具の機械化が、手業のお料理の心を失わせ、お料理の退廃を招いているのかもしれません。
そこで、当社の実店舗で扱う「銅のゆきひら鍋」を思い出しました。 国内には、手間ひまかけて、手打ちで打出しているお鍋が、この時代も脈々と継承されています。 たまご焼き器を製造している 中村銅器さんのゆきひら鍋もその一つです。 早速、中村さんに伺うと、やはり一つ一つ手打ちで打出しているとのこと。 良く見ると、手打ちのものは、ほぼ全面に槌目模様が入っています。
機械のものは、側面の両端など、槌目の入らない空間があります。 下写真で、左側が機械打ちの中尾アルミのもの、右側が手打ちの中村銅器さんのものです。 手打ちの方が、上から下まで満遍なく槌目が入っています。 この槌目によって、表面に凸凹ができます。その結果、表面積を広げることにより、 熱の入りが良くなる。効率よく熱を食材に伝えます。 そして、打出すことによって、強度が増します。変形しづらく丈夫になるのです。
それでも、細かいところですので、大きな違いは調理上はないのかもしれません。 しかし、手打ちの温もりを感じることはできます。 機械打ちですと、槌目が整然と綺麗には並んでいますが、手打ちは、みんな微妙に模様が違います。 そこに個性があり、お鍋一つ一つどれも違うオリジナル性を感じれます。 それは、お料理の本質を表現しているようです。 そこにこそ個性があり、私の味があるからです。
道具に影響されて、味にも個性が出てくるとは言い切れませんが、 道具を作られた背後にある手業の心を感じることによって、 私の味が出てくるように思えるのです。 手作りの道具が、お料理の心を呼び覚ましてくれるとも言えるでしょうか。 そこで、お鍋を作る中村さんに、このお鍋の特徴を伺いました。 すると、使い手の声を紹介してくれました。 「料理人さんに聞いたところ、銅鍋は熱伝導が良く、弱火にて調理ができ、 素材そのものの特徴を生かすことができ、例えようがないが、柔らかな味ができると言っておりました。」
ただ、銅は重くなりますので、中村さんの品でも板厚は1.5mmにとどめています。 それでも重い部類のお鍋でしょう。 内面は、銅の錆びとも言われる緑青(りょくしょう)が生じないようにスズで焼き付けています。 スズという素材も昔から食器や茶器などに利用されているものです。 より均一に熱が周り、蓄熱性もあるので、アルミの厚手ゆきひら鍋と 同程度以上の実力をもっているお鍋だと思います。
海外では、煮込み料理が多いためか、抜群の熱伝導を誇る銅素材のお鍋が多いです。 熱むらなく綺麗に仕上がる特徴をもったお鍋と言えます。 そして、何よりも手打ちの槌目に、職人の心を感じれる。 この槌目を見つめることによって、お料理の原点に帰れる。 すると、自然と道具への愛着が生まれ、丁寧に扱うようにもなる。 その先にこそ、丁寧な美味しい料理も待っています。 手業を尊ぶセンスこそ、お料理のセンスにも通じることでしょう。