珍らしき御馳走に客は腹の膨(ふくる)るまで飽食(ほうしょく)せり 「奥さん、あんまり美味(おいし)いので三杯も平らげましたが軽いといっても南京豆脂肪(しぼう)に 富んだものですから胸が焼けて気が重くなってモー動けません。困りましたな」 とさも苦し気に見ゆ。妻君笑(わら)いを含み 「お茶を差上ましょうか、随分よくお汁粉を召上りましたもの。 お気が重ければモー一度お就寝(やすみ)なさい。枕をお貸し申しましょう。 田舎(いなか)では人にお餅を沢山御馳走してその跡で枕を出す処(ところ)もあるといいますが、 そういう時には無理に身体(からだ)を動かさないで静(しずか)に臥(ね)ていらっしゃる方がようございます。 マア御緩(ごゆっくり)とお遊びなさい、どうせ御用もないのでしょう」
客「イイエ用事は大有りです。今日は平生(へいぜい)知った人の家へ残らず年始廻りに歩きたいと思うので」 妻君「それは大層御勉強です。良人(やど)なんぞは年始廻りがイヤだと申して近県旅行に伊豆辺(あたり)まで出かけました」 客「僕も勉強して年始に廻る訳(わけ)でありません、少々外(ほか)に野心があるのです、 というのは外でもないが多くの人の家へ往(い)って良い嫁を捜したいと思うので」 妻君「オヤマア油断がなりませんね、貴君(あなた)はモーそんな野心をお起しなすったのですか。 良人の話に、貴君は大食家で有名だけれども品行はお堅くって今まで一度も悪い噂を聞いた事がない、 あれは感心だと申しておりました。急にお嫁さんが欲しくおなりですか、 まだちっとお早いでありませんか。モー二、三年も過ぎてからでようございましょう」
客「僕も急に欲しくなった訳でありませんが少し急ぐべき事情があるのです。 僕がぐずぐずしていると国元から押掛女房(おしかけにょうぼう)が遣(やっ)て来そうなので」 妻君「そんなお方(かた)がおありなさるのですか」 客「外(ほか)でもありません僕の従妹(いとこ)です。全体僕の家は分家で従妹は本家の娘ですが 僕の学資を半分ずつ本家から助けてもらった恩もあり、もしやその娘を貰ってくれろといわれたら断(ことわ)るに困ります。 まだ別段親の口からも叔父(おじ)の口からも何という相談が来た訳でありませんが僕の親と向うの親との間に その下心なきにあらずで一昨年帰省した時、僕がそれを察知(さっした)のです。 それに僕もお情けながら大学を卒業して文学士とか何とか肩書の付いてみれば国元のような片田舎(かたいなか)では 鬼の首を取ったように思うのです。ヤレ卒業祝いをするから帰って来いの村中一統の名誉だから一度帰れのと去年から頻(しきり)に 催促が来ますけれども、うっかり帰ると忽(たちまち)嫁の相談となってその従妹を押付けられるに違いないから 僕も国へ帰りません。なるべく此方(こっち)で好(い)い嫁を貰ってその後に帰りたいと思います」
妻君「それならばなお結構でありませんか。そのお方をお貰いなすったらよいでしょうに」 客「それがね、特別に悪い女というほどでもありませんがなにしろ奥州の山の中で育った田舎娘です。 教育もなければ礼儀も知らず、身体(からだ)はといったら僕よりも大きいほどの大女、 赤ら顔で縮れっ毛で団子鼻(だんごッぱな)のどんぐり眼(まなこ)と来ていますから何ぼ何でも東京へ連れて来て僕のワイフですと 人中(ひとなか)へ出せません。国元の方から何とも言って来ない内に此方で早く好(よ)い嫁を極(きめ)てしまいたいのです。 奥さんどうぞ世話をして下さらんか」と今の若き人には往々かかる事情の存するあり。
○海苔汁粉というものあり。そは餅を小さく切りこんがりと焼き湯に漬けて柔になし椀に盛りて大根卸おろしを懸け
砂糖を少しく振り焼海苔を細く揉みてかけ醤油を少しく滴(たら)して食す。
○味噌餅は餅を柔く湯煮(ゆでお)き別に赤味噌を擂り酒と砂糖にて味を付け裏漉(うらごし)にして
一旦煮立て餅の上へかけ椀の蓋をなし少し蒸らして食す。