料理道具専門店 フライパン倶楽部

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スタッフ日記byフライパン倶楽部代表

人生とは、いかに生きるべきかを問いながら、自分とは何なのかを探す旅のようです。 お料理道具を売る現場で、地域との関わりの中で、家庭生活で、湧き上がった言葉を丹念に紡いでみた、明日への旅日記です。



明治維新より150年を迎えて、日本の自由の歴史を顧みています。 それは150年前に、長崎の信者3394名を全国に配流。 その地で私刑や拷問が行われて662名が命を落としたと語り伝えられる宗教弾圧。 ようやく明治6年に至り、基督教禁制の高札が撤去されて、自由を貫いた高木仙右衛門たちは解放されます。 時の政府には、異国には追随しない、徳川幕府以来の日本の強い意思を感じます。 そして戦後、心ならずも米国に追随する安保体制となり、日本の心は失わないぞと意地を張る。 基督教が日本で広まらない一つの要因は、基督教を異国の宗教と見なす、 日本人の独立心の強さではないかと思えて参ります。 同じく独立心の強い内村鑑三など明治期の信仰者は、欧米と基督教を峻別していました。 信仰者は、高木仙右衛門のごとく、お上に迎合せず、一人立つ自由をもっている。 ところが、信仰の自由の恵みに浴してしまい、信仰の実質である独立心が失われつつある。 そこで、信仰をもつ人たちが今日、その自由に生きることができれば、 日本人は本来の日本人になれるのだと思います。 2018年4月19日



TBSテレビの「テレビ史を揺るがせた100の重大ニュース」の中で、今までその事実を知らないでいた 大変衝撃的な事故がありました。いつもは明るいコメント席の芸能人たちも一様に深刻でした。 1977年、米軍機が厚木基地から飛び立ち、整備不良で横浜市の民家に墜落。 パイロットはパラシュートで脱出するものの、三歳と一歳の兄弟とその母親をはじめ9名が負傷。 二人の子供は翌日亡くなり、母親は一命を取りとめたものの、わが子会いたさに懸命にリハビリに励む。 事故から1年3か月後に事実を知った母親は、精神を患い、事故から4年4か月後に亡くなる。 母親のお兄さんが、当時を回想されていて、ぼそっと米軍からは何の謝罪もなかったと。 今日の沖縄、オスプレイの問題とも重なります。 国もマスコミも、この事故を公にすることを控えたのかもしれません。 港の見える丘公園では、この母子3人の像があるそうですが、 その像は問いかけているようです。このままで日本は良いのか。 他国に守られている背後で犠牲になっている人たちがいる。 今こそ、自分事ととらえて行動していく時です。 2018年4月10日



イースターは、春分の日から満月が出た後の最初の日曜日。 3月31日の土曜日が満月でしたので、今年のイースターは4月1日。 ちょうど当地では、桜満開のイースターとなりました。 欧米では白百合の花が象徴物ですが、わが国のイースターには桜が相応しい。 そんな折に、父母の会の仲間から一枚の絵手紙が届きました。 「春はあけぼの やうやう白くなりゆく 山ぎはすこしあかりて むらさきだちたる  雲のほそく たなびきたる」 この季節は、新しい年度や生活を前にして、怖れや不安がつきまといます。 その時、桜の開花は、あけぼのの光景は、ふつふつと勇気や希望を与えてくれます。 ちょうど30日にウィンストン・チャーチルが封切となり、思い出したことがありました。 ある大先輩がお隣の街の市長となり、当初議会と折り合いがあわず苦戦していることを耳にして葉書を送りました。 そこにチャーチルの言葉をしたためました。「あきらめるな。あきらめるな。あきらめるな。」 今年のイースターは、満開の桜を通じて、友の絵手紙を通じて、その言葉が自分に返ってくるようでした。 2018年4月2日



息子がお世話になる高校の父母の会で、反省会という集りがありました。 ちょうどその日は、私たち夫婦の結婚記念日でした。 卒業した息子たちが、卒業式で合唱した「麦の唄」が未だ心に響いていました。 NHKの朝のドラマの主題歌で、異国の地から来た女性が、夫婦でウィスキーを作る。 その女性の故郷を離れて旅立つ覚悟を歌っていました。 その時、息子たちの在学中に結婚された女性の先生が重なりました。 先生は、研修旅行のバスの中で、結婚して家を出た時の心境を語ってくれたことがありました。 麦の唄は、卒業生と言うよりもお嫁に行く女性の覚悟を歌い上げているようでした。 その反省会で、留守をしている家内のことを思い出しながら、 そんな想いに答えきれていない自分に気づかされて反省していました。 それを挨拶で吐露すると、ある先生が「私は昨日結婚記念日でしたが、 昨日は夜遅くまで校長と飲んで付き合っていました。」 さながら、反省会は、妻への反省会となってしまいました。 けれど、それこそ本来の父母の会であり、翌日ケーキを買って家内とお祝いしました。 2018年3月26日



掛川市の山奥にある「ねむの木こども美術館」を訪れました。 1階に受付があり、2階の展示スペースまでは、小高い山となっている庭園を通って行きます。 ちょうど、紅白の梅が優しく咲いていました。 その母体の学園を運営する御年九十の宮城まり子さんは、日本初の肢体不自由児養護施設を創設して40年の歳月が流れようとしています。 たまたま開かれていた雑誌のインタビュー記事に心が留まりました。 この施設を始める時に、3つの約束をしたそうです。 お金がないと言わないこと。愚痴を言わないこと。やめないこと。 それが、かえって今日まで宮城さんを支えた言葉のようにも思いました。 広大な敷地にあった私立学園を運営することは、大変なご苦労があることを想像できました。 明日はどうなるかと心配は常につきまとうのでしょう。 それでも、明日は明日の風が吹いてきた。 平昌オリンピックのNHK放送テーマソング「サザンカ」の歌詞に 「いつだって物語の主人公は笑われる方だ」その主人公に宮城さんが重なりました。 そして、笑うあなたは何者かと問われているようです。 2018年3月19日



高校生の息子が卒業式を迎えました。 その学園では、卒業生の父兄たちが卒業会派を作って、引き続き学園を支援して参ります。 会派名の名前を付けることから活動は始まるのですが、「紬(つむぎ)の会」と名付けられました。 糸偏に私の名前の一部である「由」があり、親近感を持ちました。 果たして、紬とは何であるのか。卒業式後にホテルで開かれた会派の発足式で、 駆けつけた先輩が紬織の和服を来て紹介してくれました。 屑繭と言われる、捨てられるような繭から糸を取り出して、主に庶民が着用していた織物。 織物にするには、手間暇がかかるものの、着るごとに着心地が良くなる。 見た目の華やかさはありませんが、わびさびのような渋みがある。 それは、着る人を引き立てる着物本来の美とも言えるでしょうか。 そんな紬に、子供たちが重なりました。 子育てには、手間暇と時間はかかりますが、少しづつ成長して、やがて誰かを輝かす人となる。 その発足式の締めでは、父兄とお世話になった先生方で心温かに合唱しました。 「信じることさ 必ず最後に愛は勝つ」 2018年3月10日



親戚のおばさんの四十九日の法要がありました。 ご主人のおじさんも昨年亡くなったばかりで、後を追うかのようでした。 おばさんは、大学入学で上京した時に、私の住むアパートをお世話してくれました。 私たちの結婚式にもお二人で駆けつけてくれて、長女が誕生した時には、玩具を贈ってくれました。 いつも和服姿で、言葉遣いが上品なものの、はっきりと物言いができる方でした。 お二人とも戦前のお生まれで、戦後の厳しい時代を乗り越えて来られました。 私の中では、お二人の死を通じて、ようやく戦後が終わったような感覚でした。 その法要には、私と同じくお二人にお世話になった同世代の親戚たちが参加していました。 今度は私たちの世代が、自分の足で立って次の世代につなげて行く。そんな緊張感も少し覚えました。 彼らも、今では責任ある立場となり、同じことを感じていたのかもしれません。 お墓に訪れると、穏やかな小春日和で、梅の花が鮮やかな赤で咲き誇っていました。 なんだか、おばさんが微笑んで私たちをじっと観ているようでした。 「よっちゃん、あなた肩の力を抜きなさい。」 2018年2月26日



自分の子供たちと同じ年頃のアスリートたちが、日の丸を背負って、オリンピックで戦っています。 贔屓目で見てしまうのかもしれませんが、自分たちの世代よりも素直な子たちが多いと感じます。 また、素直だからこそ、世界のトップまで上り詰めて、よい成果をあげているようにも思います。 そして、彼らは、しばしば周りへの感謝を口にしてくれます。 そのようなアスリートたちを育てて来たのが、私たちの親世代とも自負できるでしょうか。 私たちの世代は、自分たちはあまり陽の目を見なかったかもしれませんが、 育てることに賜物を授かっているとも言えそうです。 どこか、私たちの世代は、勝ち切れない負い目あるいは悲哀を持ち続けているのかもしれません。 それが150年の悲哀をなめて来た日の丸の歴史とも重なります。 勝った時よりも、かえって負けた時にこそ、情感を深く揺さぶられる。 勝った時でも、必ず目の前には負けた人がいて、その気持ちを自然と察する。 きっと、このことを子供たちに伝えて来たのかもしれません。 それが武士道でもあり、日の丸の心なのでしょう。 2018年2月17日



クックマートという食品スーパーが、私の自宅近くに新しい店を出しました。 そこの社員の方とは、中学生に仕事を教える企画でご一緒させて頂いたことがあり、 楽しく仕事をされている姿が伝わって来て印象的でした。 先日そこの社長である白井健太郎さんの「人を育て価値を創造する食品スーパー」と題した 講演会が開催されました。 デライトという社名は、人を喜ばせる楽しませるという意味があるそうで、 会社の理念を「自分が成長し周りの人に喜んでもらう」と表現されていました。 そんな折、気仙沼の漁師たちが編んだセーターのブランド化に取り組んでいる 御手洗瑞子さんのことが朝日新聞のグローブで紹介されていました。 小学校6年生の時に、学校で先生に「将来は何になりたいのか」答えられず家に帰ると 母親が諭したそうです。「何になりたいかより、どう生きたいかでしょう」 その言葉に私も諭されたようでした。ありし日の渡辺和子さんの言葉も思い出されます。 「置かれた場所で咲きなさい」何どこ何時よりも、本質はどうにありそうです。 会社の究極の目的もそこにあります。 2018年2月10日



評論家の西部邁さんが、デモクラシーは民衆政治であり、民主主義と訳すのは誤訳だとしばしば言われていました。 それは、民主の主は主権であり、主権とはsovereignty。 それは崇高性であり、人間には全く及ばない。 しかし、崇高な方がおられて、崇高なものとして人間を扱っている眼差しがあります。 そこに、主権の淵源を見ることができるように思うのです。 あくまで、人間そのものを見つめれば、西部さんの言われる通りなのだと思います。 しかし、人間は信じるという聖域が与えられている。 信じてはじめて、その崇高なものに至れるのだと、これまた信じたいのです。 思想家のジョン・ロックは、人間は生まれながらに権利をもつと表現しました。 その時、その権利を付与した存在が前提とされています。それが、欧米で言う創造者です。 その創造者を欠いた権利として理解されれば、その権利は人間の都合に過ぎず、絶望はさらに深くなります。 江藤淳先生も西部邁さんも、その思想の背後にある創造者の眼差しに気づいてくれていたら、また違っていたかもしれません。 2018年2月2日



会社を経営するようになって感じていることは、 社会保険等の各種保険・年金・税金などの仕組みが複雑であることです。 国民のための制度なのですが、国民には分かりにくくなっていないか。 やはり、これらの仕組みは基本的にシンプルなものが望ましいでしょう。 そんな中で、消費税の軽減税率制度をテーマにした税務署の研修会に参加して参りました。 来年10月から消費税が10%になりますが、酒類・外食を除く飲食料品は8%のままで、混在することになる予定です。 これは、生活弱者のための救済策でもあるようですが、複雑な問題が生じます。 例えば、ファーストフード店で飲食物を購入した場合、店内で飲食すれば10%、持ち帰れば8%です。 持ち帰りで購入して、店内で飲食するモラルの低下を招いてしまわないか。 それ以上に事業者の立場からは、レジでの計算と帳簿記載が非常に複雑となります。 この制度も、趣旨は良いのですが、運用面では多々問題がありそうです。 まだ猶予期間はありますので、国任せにせず、国民が声をあげて行く時です。 2018年1月27日



社長となって、商人とは何かを考える今日この頃です。 商人にとって、お金を稼ぐことは重要です。 ただそれは、手段であって、目的ではありません。 そのお金を通じて、税金を納めることができる。従業員に給料を渡すことができる。 取引先に支払いができる。それは、責任を果たすことであり、 それが商人の目的の一つだと思います。そのため、商人は汗を流してお金を稼ぎます。 稼がなければ、責任を果たせないからです。 そんな時、SEKAI NO OWARIの「RPG」の歌詞が心に響いて来ました。 「方法という悪魔にとり憑かれないで、目的という大事なものを思い出して」 商人にとって、お金を稼ぐことが目的になると、悪魔にとり憑かれているのでしょう。 そして、2番の歌詞には「世間という悪魔に惑わされないで、自分だけが決めた答を思い出して」 この二つを思い出すことができれば、悪魔は退散していくのでしょう。 そして、海を目指して歩きながら「RPG」は終幕を迎えます。「怖くても大丈夫。僕らはもう一人じゃない。」 商人の責任を果たすために、仲間とともに、稼いで参りたいです。 2018年1月19日



今年の夏に100回目を迎える高校野球選手権大会で、メジャーで活躍するダルビッシュ投手が 朝日新聞紙上で苦言を呈していました。タイトルは、「球児よ、頑張り過ぎなくてよい」 いわく「ほとんどの強豪校では、基本的に監督という絶対的な存在がいて、 監督が右と言えば右です。そういう社会では言われた通り、怒られないようにやるのが一番になってしまい、 考える力がつかない。」 その時、チームプレーである限り協調性は必要であり、同と和の違いを教えていく必要があるのだと思いました。 同とは、不和雷同の同であり、自分を持たずに、単に迎合する。 しかし、本来の和とは、自分を持って、力を合わせていく。それが、先人たちの目指してきた和して同ぜず。 時に意見が違えば、指導者と話し合うことができる。 そして、指導者は子供たちの成長にあわせていく必要もあるでしょう。 いわゆる良い指導者のもとでは、その指導を鵜呑みにしやすく、自分で考えない傾向が強くなりがちです。 私としては、自分を持てるダルビッシュ投手より、その彼を育てた人たちに興味が沸きました。 2018年1月12日



あけましておめでとうございます。昨年、愛知県東部・三河地域の私立高校PTA会長の皆さんとの ご縁を頂きました。10名程の方とラインでつながっているのですが、この年末年始はラインが花盛りでした。 まずは、クリスマスに駅伝がありました。 男子は豊川、女子は光ヶ丘女子の会長さんたちが、前日から早朝から駆けつけて実況してくれます。 そして、バスケットの女子は安城学園。インターハイの覇者を破り、快進撃を続けて決勝まで 駒を進めます。その決勝は、延長でも決まらず、2回目の延長で、惜しくも2点差で敗れました。 そして、昨日は春高バレーの女子で豊橋中央が初戦を突破。 彼らの活躍の背後では、しっかりと支える先生方、父兄の皆さんのいることが分かります。 大晦日のラインでは、ある会長さんが年末の挨拶方々ポロリとこぼしてくれました。 「今年は私の人生の中でも特別な1年でした。PTA会長がこんなに楽しいこととは思いませんでした。 みなさんはどうでしょう?」 この言葉に、ほろりとしてしまいました。 楽しむ大人たちの中で、子供たちは生き生きと育って参ります。 2018年1月5日