刻んだキャベツをふんだんにまぶして焼き上げるのが、わが故郷のお好み焼き。 その日は、近くの農家の方から、キャベツが無償で届きます。 そこには、いろんな人たちの善意が結集していました。ボランティアの数は20名を越えます。 「美味しいなあ。美味しいね。」 店内は、子供たちであふれて、そこかしこに笑顔が飛び交います。
朝から晩まで終日、お好み焼きが、養護施設の子供たちに振る舞われるのです。 その数は、440人。 店内にある椅子は、ざっと見積もって20数脚ですから、約20回転することになります。 春休みの一日を使った恒例の行事は、今年44回目を迎えることになりました。 ふと省みれば、私の年齢と同じです。
お好焼きの前では堀さんの顔が変わります
お好み焼き店「伊勢路(いせじ)」の店主、堀米治(よねじ)さんが お店を開いたのが昭和44年11月でした。 開店まもない雪降るクリスマス・イブの夜に物語は生まれます。
お店に子供連れの3人のお客さんがやって来ました。 「入っても良いですか。」何か躊躇する様子。 それは、大変みすぼらしい服装をした人たちだったのです。 「どうぞ、お入りください。」 天かすだけの安いお好み焼きを、男の子にはエビ入りのお好み焼きを注文されたそうです。 そして、両親らしき二人は、「いっぱい食べろ!」と自分たちの分まで、その子に分けていました。 堀さんには、ひしひしと親心なるものが伝わって来たそうです。 せめてクリスマスには、美味しいものを食べさせてあげたい。
満足そうに、嬉しそうに食べている子供の様子を見て、堀さんの胸は一杯になりました。 勘定の時に「お金はいりません。」と喉のところまで出かかったそうです。 しかし、他のお客さんの手前それができなかった。 雪の中に消えて行った親子を思うと、堀さんの心には、後悔の念のみが残りました。 「お金はいただくべきではなかった。」 その日がクリスマス・イブであったことも、かえって堀さんを苦しませたのかもしれません。 天が与えてくれた贈物、善意のチャンスを逃してしまったような心持ちでしょうか。 ほろ苦い思い出となります。
堀さんという人は、決して後悔だけでは終わらせない人で、 早速市役所などに足を運んで相談を持ちかけます。 そこで、養護施設の子供たちに無償でお好み焼きを振る舞うことが、 明くる年の春からはじまったそうです。 あの日のことを思い浮かべながら、施設の子供たちに 自分ができる精一杯のことをしようとしたのです。
堀さんは、いつも溌剌として快活な方なのですが、お好み焼きを焼く姿は真剣そのものです。 蝶ネクタイがお似合いで、鉄板を前に、汗をかきかき、ひたすらお好み焼きと取り組む。 誰かのために懸命になっている姿を目の当たりにして、子供たちは何を思うのでしょうか。 いろんな大人たちがいる中で、こんな大人もいるのだと気づいて、 救われた気持ちになれるのでしょう。 毎年ですから、堀さんは子供たちの成長ぶりを楽しみます。 子供たちも、春休みのその日が楽しみとなります。 やがて、施設を卒業して、子連れでお店にやって来る人もいるそうです。
そんな交流を通じて、多くの子供たちが前を向くことができたことでしょう。 今日44回続いてきたことを思うと、あのクリスマス・イブの出来事は、 やはり天からの贈物だったと思えて参ります。 そして、堀さんだけではなく、街の人たちにも善意の心を呼び起こしていただいた おまけも付いて来たように思えます。
そんな堀さんのお好み焼きは、善意のかたまりのようです。 ですから、それを食べた人まで優しくなれる。 お好み焼きを通じて、善意とは街全体に広がっていくようです。 ちょうど、今月30日堀さんのお店に程近い、 豊橋駅南側に「穂の国とよはし芸術劇場プラット」がオープンいたします。
堀さんは、今年6度目の年男となり、「80までは現役で働きます。」 芸術の究極とは善意であり、芸術とはその善意を表現することのように思います。 堀さんのお好み焼きこそ、最高の芸術作品に思えてしまうのは、私だけではないでしょう。
平成25年卯月