三寒四温を重ねて、しだいしだいに春の到来を感じる今日この頃です。 店舗近くを流れる豊川(とよがわ)の土手には、土筆(つくし)がひょっこりと顔を出して参ります。 春の息吹を感じるこの季節は、新しいことに挑戦する意欲もふつふつと湧いて来ます。 幸いに、美味しい食材もしだいしだいに増えて参ります。 この土筆さえも食べることができる。 やはり春は、お料理に取り組むには相応しい季節なのでしょう。
その時、そばに置いて役立つのが料理本です。 このお料理本の先駆けと言えば、わが故郷の村井弦斎が書いた「食道楽(しょくどうらく)」。 明治36年に報知新聞で新聞小説として一年間連載されて好評を博します。 春夏秋冬の四巻の単行本として刊行されると、軽く十万部は売れてしまったそうです。 今日でも岩波文庫で読むことができます。 小説のストーリーが展開される中で、並行して料理のレシピを折り込んでいく独特のスタイルをとります。 その料理のレシピは六百三十種に及びます。 ストーリーを楽しみながら、料理を学ぶことができる。
しかも、単なるレシピにとどまらず、 食生活の重視、家計の中の食費の見直し、台所と台所道具の改善、料理と食事の合理性の追求、 栄養学・生理学・衛生学等の科学知識の重要性にまで至っています。 啓蒙的な要素も色濃く、料理小説あるいはグルメ小説と呼ばれるよりも、 むしろ実用小説あるいは教訓小説と呼んだ方が相応しいでしょう。
そして、弦斎と言えば、今日叫ばれる「食育」という言葉を普及させた先駆者でもありました。 食道楽には以下のようなくだりがあります。 「今の世は頗(すこぶ)りに体育論と智育論との争そひがあるけれども、それは程と加減に依るので、 智育と体育と徳育の三つは、蛋白質と脂肪と澱粉の様に程や加減を測つて配合しなければならん、 然(しか)し先ず智育よりも体育よりも一番大切な食育の事を研究しないのは迂闊(うかつ)の至りだ、(中略) 体育の根源も食物にあるし、智育の根源も食物にある、して見ると体育よりも智育よりも 食育が大切ではないかとよく爾(しこ)う申します。」
当社の掲げる「お料理上手は、幸せ上手」という文章と通じるところがあります。 すなわち、弦斎の精神は、わが故郷において脈々と今日まで流れ続けてきたのです。 当社フライパン倶楽部が、わが故郷で生まれたのも必然であったようにも思えて参ります。 私の仕事も、弦斎と同じことをしているような錯覚すら覚えてしまいます。 このように、わが故郷の歴史や先人たちをたどっていくと、今自分が何をなすべきかが見えて来るようです。 フライパン倶楽部も、大先輩の弦斎に負けぬように仕事に励んで参りたいです。
また、この弦斎の功績に、わが故郷でいち早く目を留めたのが、 ボレロ吾妻家(あずまや)さんでした。 当社実店舗からも徒歩で行けるフランス料理のレストランです。 吾妻家さんでは、この弦斎が食道楽で紹介したレシピ通りに作った「弦斎カレー」を今日も提供しています。 地元の三河鶏が入ったチキンカレーです。当社ご来店の際には、こちらの「弦斎カレー」はいかがでしょうか。 あるいは、この春、弦斎本を片手に、お料理に挑んでみてはいかがでしょうか。
平成24年弥生