わが国を代表する春の花がサクラであれば、秋はキクでしょう。 天皇家の紋章であり、わが国のパスポートの表紙にも印刷されています。 しかし、キクは、ほぼ一年を通じてあるので、秋の花にピンと来ないのかもしれません。 それほど、さまざまな場面で生けられ、愛されている花だとも言えるでしょう。
このオールシーズンに貢献したのが、電照菊(でんしょうぎく)。 キクは、日照時間が短くなることによって開花します。 この性質を利用して、日が沈んでも人為的に照明をあてて、まあだだよと、開花を遅らせる。 本来秋に開花するところを、出荷が一番多くなる正月ごろにずらす。 この栽培方法は、わが故郷、豊橋から始まったと言われます。
秋の夜長、わが故郷の郊外では、この幻想的な光が、ビニールハウスから放たれています。 その光は、ネオン街のような華々しいものではなく、落ち着いていて、心安らかにされます。 秋の月光のような幽玄の世界を彷彿させます。 一晩中光っているので、まるで寝ずの番で、警察官が街を守ってくれているようにも思えます。
この電照菊の栽培が盛んなのは、田原市の赤羽根地区です。 125年前のことですが、この電照菊のように光って、街を守り抜いた警察官がいました。 コレラという伝染病が、この赤羽根の街で発生。 江崎邦助(くにすけ)巡査は、いち早く発生地に駆けつけて消毒にあたります。 ところが、帰り道で、自身の容態が激変。
人力車に乗っていることもままならず、近くの森にひとり横たわります。 やがて、車夫からの知らせで、医師と役場職員、家族らが駆けつけます。 古い小屋の中で、コレラの診断がくだると、すでに決意していました。 「私に近寄らないで下さい。自分はとうてい助かる見込みはありません。 今自分が市街地に入ったら、治安の混乱となります。 警察官の自分が民衆を保護し、公務に倒れるのは本望です。」
すると、新婚の妻も心を決めていました。 「私が残って看護をしますから、みなさんはお帰り下さい。」 命がけの看護と闘病が、わびしい小屋の中で始まります。 しかし、決死の看護の甲斐もなく、巡査は命を落とします。 後を追うように十九才の妻も、同じ小屋で、ひとり息を引き取ります。
若き二人の生きざまは、暗い世相を照らす光のようです。 今日も電照菊のように、わが故郷を暖かく優しく照らしています。
平成22年長月