朝一番の新幹線で大阪に向かう。日の出が差し込む中を快走する。今日も良い日になりそうだ。 めざすは、大阪天王寺にあるエコール辻。そこは名門の調理学校。 午前10時からはじまる辰巳芳子さんの親子料理教室に愛知県から駆けつけるためだ。 家を出たのが午前6時過ぎ。現地到着が9時。多分、一番遠方からの生徒が一番乗りだったようだ。
やはり、早起きは三文の徳。大方、早く着くと良いことが待っている。 早速、辰巳さんと話す機会に巡り会う。 「豊橋ですか。熱心ですね。豊橋は私の恩師がいました。」とわが故郷とも接点があり、嬉しい気持ちとなる。 今回は、朝日小学生新聞で、この教室の広告があり、娘をさそって、いち早く応募した。 150組の応募があったそうで、当選者は20組。運命的に、われら親子も当選の光栄に授かった。
辰巳さんとは、家庭料理に関わる仕事柄、いつかお会いしたいという気持ちが強くて、その気持ちが通じてしまったようだ。 「念ずれば花開く」やはり、求めれば、いつしかチャンスはやってくるもの。 「求めなさい。そうすれば、与えられます。」改めて、求めてゆくことの価値を知った。
会場のおしゃれな調理学校「エコール辻」で娘と
お料理を始める前に、辰巳さんの講話がある。これは、辰巳さんのスタイルのようだ。 「みなさんは、何年生ですか?」子供への話し方も十分心得ているようだ。 昔は保育士をされていた事にも頷ける。実にわかりやすく、ゆっくりと言葉を選んで話して下さる。
「なぜ、食べるのかな?」本質をついた質問を投げかける。子供だけでなく親も、じっくり考え始める。 若き日に、多くの時間を病と過ごした人らしく、思索をめぐらし、我々に見えていないことが、良く見えているようだ。 それは、「なぜ、お料理をするのか?」という問いに変わる。 お料理とは、単に栄養を補給するだけのものではなさそうだ。
「お料理とは、五感も神経もすべてをいっぺんに使います。だから、お料理すると聡明になります。 聡明という言葉、最近聞かなくなりましたね・・・」耳、目、鼻、舌、手、確かに、どれも使う。 それほど、手間暇かけ大変な仕事だとも言えそうだ。
しかも、それが毎日となれば、作り手はどうしても安易な方になびいてしまう。 ココが肝心要の部分。「なぜ、食べるか?」という食べることの根源的な価値をおさえていれば、ぶれる事もない。 だから、このお料理前の講話があったのかと気づかされる。
「食べることは、自分で生きて行くことのはじまり。」まさに自立のはじめが食にある。 わたしたちの体は、それに、おいしい、嬉しい、楽しいと手ごたえを感じ始める。反応する。 そこに「生きる手ごたえ」あるいは「生きる喜び」のようなものが生まれる。 それは、「やってみよう!」という意欲かもしれない。
その背後には「やれるぞ!」という自信が湧いているはず。自信とは「自分を信じる」と書く。 自分を見守ってくれている人がいる。自分を信じてくれる人たちがいるのだという「気づき」かもしれない。 信じることの基礎というべきものが、まさしく食から生まれ、育まれる。 確かに、信頼がなければ、食べることはできない。 信頼しているから、それを口の中に入れることができる。食こそ、信の門であり、信の学校なのだろう。
ここで、私がはじめて辰巳さんを知った事を回想する。 名古屋の百貨店内にあるキッチン用品の店頭だったと記憶している。 『いのちの食卓』(マガジンハウス)という辰巳さんの本がテーブルの上になにげなく置いてあった。 帯には「料理をすることは、人を信じて、愛することです。」自分の中に、す〜っと入って来た言葉だった。
早速、メモしてその本を購入。食の崩壊に問題意識を持ち、緊急に提言されている著作だった。 そして、聖書の言葉。「いつまでも残るものは、信仰と希望と愛です。」それを意識されている言葉が綴られていた。 「信じること、希望すること、愛すること、この3つは、人間の魂、実存の根幹をなすものです。だから、私は、食べるということは、大切なことだとつくづくと思っているわけです。」
そして、私が主宰するフライパン倶楽部でも掲げている「家庭料理は、信じること、希望すること、愛すること。Home cooking is faith, hope, and love!」まさしく、辰巳さんの著作からいただいたインスピレーションでもあった。
そして、ちょうど私に質問が向けられる。 「お父さん、どうしてみんなで食べるのですか。」「幸せを感じられるから。」それは、結果として現われるもので、 回答になっていなかったかもしれない。
「それはね、食べっぷりを見るためですよ。食べっぷり、これも最近使われない言葉ですね。」 家庭では、お互いに命を守りあう。食べっぷりを見れば、生命状況だけでなく、心のあり方も分かってくる。 それを確かめるためにみんなで食べる。
特に、親が心したいことだった。当たり前でいて、忘れてしまっていること。すると、こんな言葉が続く。 「一番大切なことはね、無意識で行なわれるのよ。」非常に奥深い言葉だ。 呼吸がまさにそうだが、食事もそうだ。だからこそ、見失いやすく、このような場を設けて、 一度立ち止まって、意識的に考えてみなければならないのだろう。
さあ、それでは、どのように食べればよいのかが次の課題。 ただ、お腹を満たせば良いだけではない。そのヒントが「食を整える」という言葉にある。 「食べ心地を作る」こと。いや、幸いなことに、すでに先人がそれを作ってきた。 それに倣い、それを受け継いで行くことが賢明な方法だ。
また、それをもとに、より良いものに変えてゆく。 その時、足元を見れば、わが国日本には素晴らしい食文化があることに気づかされる。 「だしは、日本が世界に誇れる食文化のひとつ。まずは、だしをひきましょう。」 実は、これが今日のテーマでもある。「だしをひく日」
味の素などの化学だしに安易に頼ることもできれば、少しの手間隙をかけて、きちんとだしをひくこともできる。 ところが、辰巳さんは、きちんとだしをひくことにこだわる。 今日配布された資料の中に記されていた。「想像したくないかと思いますが、十日が一か月、一か月が一年、一年が十年、十年が一生。化学味と、本物のだし汁で生かされた細胞の力の差。顕微鏡下で立証されるはずです。」実に見事な表現だ。
そして、食文化のお話。「食文化とは、風土の中で生まれたもの。先人の知恵の集積であり、食べ方の統計なのです。」 日本は海洋国家、海に囲まれた風土であることを思いいたすべし。 そこで、子供たちにだしの材料を廻してくれる。見て、嗅いで、触れるように。
まさに、海の幸。昆布、かつおぶし、煮干・・・・この風土で、より良く生きていくために、先人は身近にある海の幸を手にして、実験の繰り返し、繰り返し、そのような苦労のもとに、食べ心地を作ってきたのだ。 このだしこそが、日本料理の栄養度を下支えしている。 このだし汁の滋養を手放してはならない。この食文化の灯を消してはならない。その強い思い入れを感じた時だった。
そして、手取り足取りで、だしのひき方を教えてくれる、実技に入る。 すぐに実技に入れるのも、スムーズに進行して行くのも、今回のスタッフの方の強力な力添えがあってのこと。 この教室を開くのに、良い食材を伝える会、農林水産省、辻調理学校の方をはじめ多くの方の手があってのことだった。 周りの良きスタッフがいて、辰巳さんの働きもあるものだと実感した。
ちょうど今日は、辰巳さんの83歳の誕生日。本当に年齢を感じさせない。 きりっとしたスタイル。首もとには、クリスマスツリーのブローチが、おしゃれに光っている。 凛凛しい!と言ってしまっては、失礼だろうか。講話の時も、もちろん立ったまま話しかける。 実技も率先してご自分がやられる。その辰巳さんの料理風景は、2つのスクリーンに映し出される。
親子で作った料理です。
今日は5つのグループに分かれる。1つのグループは4組。 私のグループの皆さんは、大阪、京都、西宮の方で、やはり愛知県からと言うと、驚いて下さった。 お母さん方も終始メモを片手に熱心そうだった。グループを指導くださったのは、矢板靖代さんという辰巳さんの助手。 伺うと、辰巳さんのお母様、同じくお料理研究家の浜子さんからのおつながり。
春先にNHKで辰巳さんの一年を取材した番組を見たことがあった。 ちょうど1年前に辰巳さんの誕生日を矢板さんたちが手作りの一品でお祝いされていたことを思い出した。 その矢板さんが、終始、辰巳さんのことを気遣いながら、全体をコントロールされていた。 辰巳さんは、あまり時間のことは気にされている様子はなく、そこを矢板さんがフォローしているのがよく分かる。 辰巳さんのご活躍も、このような方々の下支えがあってのこと。まさしく、チームプレーだ。
まずは、だしから。すでに昆布が漬けてあり、火にかけるだけの手順となっている。 要所要所で味見をする。まろやかな味だ。削り粉をいれて、しばらく煮たて、さっと漉し器に入れて、一番だしの出来上がり。 実に美しい汁だ。お清汁(おすまし)とはよく言ったもの。
そして、使った昆布と削り粉に水を加えて、長めに煮立てて2番だしをとる。 この作業自体は、しっかり味を覚えれば、本当に簡単だ。 そして、良い昆布を見極めてゆくことがポイント。この選別力を是非養いたいもの。
そして、これを作り置きしておくことを奨励されていた。週に1回だしの日を設定する。 1週間分のだしを作って、冷蔵冷凍保存しておく。 「冷凍庫は、冷凍するものだけにあるわけではないのよ。保存するためにあることをお忘れなく。」 このように作り置きしておく工夫を強調される。 これが合理的な方法だ。辰巳さんの方法は、保守的でもあり、また革新的でもある。 良いものは迷わず取り込む。変えるもの、変えてならないものをしっかりと見極めている。
さあ、だしが大方できれば、けんちん汁に取りかかる。金時にんじん、海老芋と会場の大阪にちなんで、地域食材が意識されている。 ホワイトボードに材料と手順が記されている。「はい、この材料をみて何か気づいたことがありますか。」 ひとりの小学生がズバリ「どれも根の野菜です。」辰巳さん、「見込みあり!」と大いに喜ぶ。 この時期に、根菜を食べると、厳冬に向けての底力になる。意味があるのだ。
根菜類がすでに1つずつ切られたサンプルが小皿に置いてある。 子供たちが、それを見ながら、同じ大きさに切って行く。 その大きさは適当ではいけない。きっちりと同じ大きさに切る事が、見た目はもちろん、火の通り方を均一にする。
そして、ごぼうから始まって、大根、にんじん、れんこん、こんにゃく、油揚げと炒める順番がある。 そして、たっぷりのだし汁を注いで、里芋である海老芋を加える。 この段階で里芋をいれると、ぬめりがでない。 最後に、豆腐を手で崩して入れる。この豆腐は、国産大豆からできているもので、「大豆は国産に限ります。」
次に、いわしの塩入に取りかかりる。まず、新鮮ないわしの下処理。 娘もはじめて、魚をさばく。まず、鱗をとり、頭を切り落とす。 そして下腹を切って、はらわたを除く。「この血が臭みのもと。よく血をとるように。」 一旦ザルに上げたら、再度キッチンペーパーで下腹を綺麗にする。
そして、レモンと柚子。辰巳さんの料理は柚子が多用される。 これを、輪切りにして、親指を九の字にして、はらわたに絞り込む。 慣れないと、なかなか絞り出せない。 また、使い終わったレモンは、手や包丁を洗う時に、臭い消しとしても役立てる。
今度は、大き目の浅鍋に、放射線状に並べて行く。 その中には、生姜や赤とうがらしをからめ、その上から、塩をさっとひと振り。 この塩を均等に振るのも熟練の技。
そして、酒と水を加えて、紙蓋を載せて、しばらく煮たてる。 すると、水が引いてピチピチと音を立てる瞬間がやってくる。 「この音をよく聞いておいて下さいよ。」これが火を止める合図。 やはり、耳をつかうのだと納得。そして、独り言のように 「料理は鍋次第。辻さんは、いいお鍋を用意して下さいました。薄っぺらなお鍋じゃ上手にできないのよ。」
最後は、日本の家庭から消えつつあると嘆かれていた「小鉢」。 今日は、これも地域食材、大阪しろなという青菜の胡麻和え。 「だしがあれば、すぐに小鉢一品ができます。」 まず、すり鉢であえ衣を作る。
矢板さんも欲しがっていた道具があった。 辻さんにどこで手に入るかを聞いていた。 それは、すり鉢のストッパー。ゴム材質で、パウンドケーキ状の道具。 私も始めて見たが、確かに便利そう。 手馴れた方は、実にすり棒を手早く回す。
矢板さんが「このすり鉢は、縄文時代からあるのですよ。」 このすり鉢は、遠い先祖たちの世界にタイムスリップさせるような、不思議な魅力がある道具。 そして、大きな鍋にたっぷりのお湯を入れて、青菜を投入。 青菜も軸と葉に分ける。そして、取り出したら、氷の入った冷水に一旦つけて、水気を軽く絞って、ザルにあげる。 この握り加減も微妙。
そして、二番だしに浸す。だしに浸すから、「おひたし」なのかと妙に納得してしまう。 結構、浸さない偽者のおひたしもありそうだ。 そして、お皿に盛り付けるのも注意が必要。 胡麻がつかないように入れ込むのも苦労する。盛り付けも、美しく。最後まで、手を抜けない。
さすがに、慣れない事もあり、お腹が空いてきた。 いよいよ食事のひととき。ご飯はすでに炊かれていた。 配膳もきちんと準備されている。改めてスタッフの皆さんのご尽力を思う。 すると、辰巳さんがタイミング良く「今日は本当に多くの方のご協力がありました。その皆さんに感謝して、いただきましょう。」
やはり、お料理を学ぶことも、そんな簡単なものではない。 下準備と段取りが命と言っても過言ではないだろう。 かなり手間隙かけて今日を迎えているのだなあと実感。 改めて、スタッフの皆様への感謝の気持ちが湧き上がってきた。
きっと、その食材を作ってくれた方たち、運んでくれた方たち、そんな無名の人たちの汗にも思いを馳せるべきなのだろう。 お料理は大変だ。大変だとわかると、どれほど愛情が一杯詰まったものであるかが見えてくる。 大きな感謝が生まれてくる。そんな気持ちで、手作りの料理を噛みしめた。 辰巳さんの一番言いたかった事は、この感謝だったのかもしれない。 やはり、体もぴちぴちと喜んでいるようだ。
終了後に、お世話になったチーム辰巳の皆さんと記念撮影
辰巳さんが、一人ひとりに愛情を込めて、お料理を伝えている姿。 それは、本当に地道なもののようにも感じてしまう。 しかし、たった一人の私が、この料理教室に真剣に向き合い、いのちの言葉の数々と遭遇した。 お料理をしながら、ぽつぽつと語る独り言のような言葉も、自然でありながら、心に染みる。
食事を頂いている時に、「このお話を聞いて、偉くなったと思いこんではいけませんよ。これからのあなたの生活が変わらなきゃ。 今日来た意味がないですよ。」この料理教室だけで終わらせたくない。 この素晴らしい食文化の灯をまわりに広げてもらいたい。 そんな強い意志を感じた。これからの生活が変わる。私もその一人になりたい。
エコール辻を出たのが15時すぎ。今年は、秋の足も幾分遅いようだ。 帰りは、♪秋の夕日に照る山紅葉、唱歌の風景の中を、近鉄電車でゆったりと豊橋に向かう。 その長い道中は、いのちの言葉を娘と反芻する絶好の機会に。 そして、いつしか、車窓のそばで寝入ってしまった娘。父はひとり、ひそかに思った。 きっちりとだしをひける女性になってもらいたい。 在りし日の浜子さんが、そっと、わが娘を見つめていたように・・・
「いつまでも残るものは、信仰と希望と愛です。 その中で一番すぐれているのは愛です。」 (新約聖書コリント人への手紙第一 13章13節)