当店近くの駅前大通りの商業施設「名豊」(めいほう)は、当店がビル建設時に2年間仮店舗としてお世話になりました。 このたび、再開発事業により、複合施設エムキャンパスとして新たに生まれ変わりました。 詳しくは、こちらのサイトをご覧下さい。このエムキャンパスの屋上には、農園があり、地元の農家さんがこだわりの農産物を作っています。 その農家の皆さんの集まりが、レモン農家の河合浩樹さんを中心とした農民藝術創造倶楽部です。
今回は、こちらのエムキャンパスで販売されいてる野菜を材料にして、 バーミックスでスープとジュースを作る 動画を製作してみました。「しあわせのお料理道具 in kitchen」
この名前の由来は、宮沢賢治の「農民芸術概論綱要」という短い文章です。 倶楽部の案内には、この文章に基づいて「農業をただの労働ではなく、自然からのエネルギーと自らの意思の力で ひとつの大きな芸術に昇華していくことができる仕事である」と紹介されています。 改めて、農業とは何であるのか。例えば、この仕事がなければ、人は生きていくことができないかもしれません。 極端な話、自動車や情報機器はなくても生きていくことはできるでしょう。
それは、人間の生命と直結しているものであることが分かります。 また、自然を放置するだけでは農作物は生まれてきません。そこに人の手あるいは意思が加わって、はじめて生まれてくる。 それは、汗であったり、涙であったりすることもあるでしょう。 そこには人間の営為、主体性、それに連なる芸術を感じさせてくれます。 かたや、鑑賞に値するような芸術ではないのかもしれませんが、泥臭く地味ではあるものの、 より味わい深いものと感じます。
何といっても、農業は、その果実を食べることに至るので、本来の味わいを体感することができます。 その点では、いわゆる芸術よりも、実質的な価値があり、人間の生命を豊かにするだけではなく、 生命そのものを支えてくれている。しかも、報酬面での農民たちの良心的であること。 いわゆる芸術品と呼ばれるものは一般人では手の届かないような高値をつけることがあります。 高いから価値があるのか。経済的指標で測れない特別な価値が潜んでいます。
それは、同じく宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の詩が響いて参ります。 「ミンナニデクノボートヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズ サウイフモノニ ワタシハナリタイ」 そこには、経済が肥大化した近代世界とは違った、本来の心休まる世界がある。 農民たちは、私たちが忘れかけているものを気づくように促してくれている。 賢治は「ワタシハナリタイ」のであって、なったとは宣言していません。 その答えは見つからなくても、求め続けることに価値があるのでしょう。